パスワード管理ツールは必要か|1Passwordなどの選び方と、2023年のOkta事案から見るID対策
パスワード管理ツールは使う意味がある:先に結論と確認日時
パスワード管理ツール(ID とパスワードを暗号化して保管し、ログイン時に自動で入力する道具)は、使う意味があります。1Password は、その一例です。ただし、入れるだけでは足りません。
多要素認証(パスワードに加えて別の確認を求める仕組み)やパスキー(パスワードの代わりに、端末の指紋・顔・PIN で本人確認する仕組み)、共有と退職者の決めごとも整えます。国家サイバー統括室(NCO)、IPA、警察庁と各社の公式の資料を、2026年10月27日 9時時点で確認しました。
先に結論です。
- 使う意味:使い回しをやめられ、共有と退職時の手間が減ります。
- Okta の件:1Password・Cloudflare・BeyondTrust が公表した「Okta 経由の侵入事案」は、2023年9〜10月の出来事です。2026年の新たな事案は、確認できませんでした。
- 事案の教訓:ログインの強さとは別に、ログイン後の「通行証」(セッション情報)が渡ると、破られることがあります。
- 最初にやること:主なサービスの棚卸し、多要素認証の確認、管理ツールの無料試用です(下の図)。
状況と料金は変わりえます。最新は、各社と公的機関の公式ページで読み直してください。料金は米ドル表示の公式ページを見たもので、円換算はしていません。ソフトの弱点(脆弱性)の総まとめは、別の記事にあります。
目次
Okta 経由の侵入事案:2023年に各社が公表したこと
Okta(オクタ)は、社員の ID とログインをまとめて管理するサービスです。その顧客サポート用のシステムが、不正に使われました。「新しい話」と受け取られがちですが、2023年9月28日〜10月17日の出来事です。確認日時点で、Okta の公式セキュリティブログ(2026年1月〜10月の記事の題名)に、新たなサポートシステムの事案は見当たりませんでした。
何が起きたか
Okta の2023年11月3日付の公表によると、不正な者がサポート用システムに入り、134の顧客(全体の1%未満)に関連するファイルにアクセスしました。一部は HAR ファイル(ブラウザの通信の記録。不具合の調査でサポートに渡す)で、ログイン中の状態を示すセッション情報が入っていました。不正な者はそれを使い、5つの顧客の正規のセッションを乗っ取りました。
入口は、サポート用システム内のサービスアカウントです。社員が会社貸与の PC の Chrome に個人の Google アカウントでログインし、そこにパスワードが保存されていたと、Okta は説明しています。
セッション情報は、ホテルで受付を済ませたあとのカードキーのようなものです。受付での本人確認(多要素認証)は一度で済み、カードキーを持つ人は部屋に入れます。
各社の公表
| 誰が(公表日) | 公表した内容 |
|---|---|
| Okta(2023年10月20日・11月3日・11月29日) | サポート用システムへの不正アクセスを公表。本番のサービスは影響を受けていないと説明。11月29日には、サポート利用者全員の氏名とメールアドレスの一覧も取得されたと追加(認証情報は含まれないと説明)。 |
| 1Password(2023年10月23日・CTO の Pedro Canahuati 氏) | 9月29日に、従業員向けアプリの管理に使う Okta 環境で不審な活動を検知し、直ちに停止。調査の結果、ユーザーデータにはアクセスされなかったと結論。 |
| BeyondTrust(2023年10月20日) | 10月2日に、自社の Okta 管理者アカウントへの攻撃を検知し、自社のツールで防いだ。自社のインフラも顧客も影響を受けなかったと公表。 |
| Cloudflare(2023年10月20日) | 10月18日に攻撃を検知。顧客の情報とシステムに影響がなかったことを確認したと公表。 |
各社の公式の公表(2026年10月27日確認)。影響の有無は各社の見解で、当社が検証したものではありません。
「ユーザーのデータは侵害されなかった」は、1Password の結論です。当社が確かめたものではなく、当社の保証でもありません。1Password 自身の Okta 環境に不審な活動があった点も、同じ公表に書かれています。
事案から読める3つのこと
- 外部に渡す記録を確かめる:Okta は、HAR ファイルを共有する前に、認証情報・クッキー・セッション情報をすべて消すよう顧客に求めました。Cloudflare は、消すための無料ツールを公開しています。画面の録画や通信の記録を外部に渡すときは、ログイン情報が含まれていないかを確かめます(当社の整理)。
- 入口が強くても、通行証は別:BeyondTrust は、管理者のアカウントが FIDO2(物理キーなどによる認証)で保護されていたのに、盗まれたセッション情報での不審な操作を受けた、と書いています。
- 漏れた鍵は、使っていないと思っても入れ替える:Cloudflare の2024年2月の報告は、2023年11月の社内への侵入に、Okta の事案のあとに入れ替えていなかった認証情報(アクセス用の鍵1本とサービスアカウント3つ)が使われたと書いています。
パスワード管理ツールを使う意味:使い回しをやめるために
サービスが増えるほど、パスワードは覚えきれません。同じものを使い回すと、1か所で漏れたとき、ほかにも入られます。たとえるなら、すべての部屋を同じ合鍵で開ける建物です。NCO のハンドブック(Ver 5.10)は、サービスごとに別々の長く複雑なパスワードを設定するよう書いています。警察庁のサイバー警察局便り(2026年10月号)も、使い回しをしないこと、パスキーその他の多要素認証を活用することを挙げています。
管理ツールは、部屋ごとに別の鍵を作って金庫にしまう係のようなものです。NCO は、管理アプリが長く複雑なパスワードを自動で作り、ログイン時に入力する点も紹介しています。1Password の公式ヘルプは、保存したサイトでだけパスワードを入力すると書いています。偽サイトでは入力されないため、気づくきっかけにもなります。
NCO の記載から、次の3点も確かめました。
- ブラウザには保存しない:席を離れた隙の悪用や、パソコンを侵害されたときにまとめて盗まれるおそれを、NCO は挙げています。Okta の事案も、会社貸与の PC に個人のアカウントでログインし、会社の鍵が保存されていたことから、個人の側の侵害が最も可能性の高い経路だと、Okta は見ています。
- 定期変更は基本的に不要:乗っ取りや流出の事実がなければ、変更の必要は基本的にないとし、流出時は速やかに変えるよう書いています。
- クラウド型の見方:個人のスマホ向けの説明で、クラウド連携を安易に使わず、端末内で管理するものを優先するよう書いています。クラウドでは、データの管理者が自分でなくなるためです。会社で共有する使い方は別に考える必要があり、当社の整理では、次の基準で選びます。
AI やツールに渡す鍵の扱いは、別の記事にあります。
選ぶ基準:製品を決める前に確かめる6つ
1社に決める前に、次の6つを確かめます。たとえるなら、金庫を買う前に、扉の厚さと、合鍵を誰が持つかを聞くことです。
| 基準 | 確かめること |
|---|---|
| 暗号化と設計の公開 | 事業者が中身を見られない設計か。設計資料や外部の監査結果が公開されているか。 |
| 共有の単位と権限 | 保管庫(フォルダ)ごとに、見るだけ・編集できるを分けられるか。 |
| 管理者の機能 | 退職者の停止、利用の記録(ログ)、アカウントの回復ができるか。 |
| ログインの強化 | 管理ツール自体に、多要素認証やパスキー、物理キーが使えるか。 |
| 日本語と問い合わせ | 画面・ヘルプ・サポートが日本語か。無料試用で確かめる。 |
| 料金・条件・書き出し | 最低人数や年払いの条件。解約後にデータを取り出せるか。 |
当社の整理です。公式の評価基準ではありません。
参考に、2つの公式の料金ページを見ました(2026年10月27日確認。米ドル表示・年払い)。
- 1Password:小規模チーム向けの Teams Starter Pack は10人分で月24.95ドル(11〜20人目は1席月4.99ドルを追加)、Business は1人月8.99ドル(1人から)。14日間の無料試用が表示されています。
- Bitwarden:Teams は1人月4ドル、Enterprise は1人月6ドル。共有とイベントログ(利用の記録)は Teams、アカウント回復の仕組みは Enterprise の欄にあります。
ほかにも複数の製品があり、当社は網羅していません。優劣を示す意図もありません。契約前に公式ページを見て、日本語の画面を無料試用で確かめます。3〜5人の会社は、まず小さく試して使い回しを減らし、共有や退職者の管理が増えたら選び直す進め方が考えられます(当社の整理)。
多要素認証とパスキー:入口を固める
多要素認証にも、強さの違いがあります。NCO のハンドブックは、SMS で送る番号を、海外で SIM ハイジャックにより破られた例があるとして、基本的に推奨できない側に置いています。アプリや USB のセキュリティキーは推奨できる側です。ただし NCO は、多要素認証でも万全とは限らないとも書いています。
Okta の脅威情報ブログ(2026年1月公開)は、電話で誘導する手口が増えていると説明しています。番号を選ぶ形のプッシュ通知(番号一致)も、電話の相手に番号を選ばされうるため、フィッシングに強い方式ではないとのことです。FIDO のパスキーなどを必須にすれば、この手口から守られるというのが Okta の見解です。
パスキーは、FIDO アライアンスの説明では、スマホや PC、物理キーに保存され、端末のロックを解くときと同じ操作(指紋・顔・PIN など)でサインインする方式です。警察庁は、2026年9月号で、パスキーを手紙のやり取りに例えると、印鑑(秘密鍵)を金庫(スマホ)にしまい、本人確認ができたときだけ押印する形で、偽サイトでは認証できないと説明しています。
入口を固めても、ログイン後の通行証が渡れば、別の問題が残ります。Okta と Cloudflare が示す範囲では、管理者のセッションの時間を短くする、使える端末や場所を絞る、ログインの記録を見る、などの対策があります。メール、クラウド、ドメインやサーバーの管理画面など、管理者の権限を持つアカウントから優先して固めます(当社の整理)。
電話にも注意します。Okta の2026年7月公開の報告は、「パスキーを登録してください」と電話で誘導し、偽の登録画面へ導く動きを確認したと書いています(Microsoft 365 を使う企業が対象)。
IT 部門を名乗る電話やメッセージで案内されたリンクからは、パスキーも認証コードも登録・入力せず、自分で開いた公式の画面から行います(当社の整理)。社長を名乗る送金依頼の手口は別の記事で、AI による攻撃の速さはMicrosoft の防衛レポートの記事で扱っています。
共有アカウント・退職者・外注先:会社の決めごと
IPA の「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」第4.0版は、ID について次のように書いています。
- ID の発行・変更・削除の手続を定める。共有 ID はなるべく使わず、やむを得ず使う場合は、誰が使ったかを特定できる仕組みを整える。
- 従業員の異動や退職時には、速やかに設定を変更(削除)する。
- 退職や契約満了の際に、情報や機器・ID・鍵などを回収する。
退職者の手順は、1Password の公式ヘルプが4段階で示しています(下の図)。削除すると個人用の保管庫の中身は戻らないため、仕事の中身を先に共有の保管庫へ移します。所有者や管理者のグループにいた人は、管理できる保管庫の全パスワードを見たものとして扱う、とも書かれています。ほかの製品でも、同じ流れが目安になります(当社の整理)。社員証と一緒に行う、合鍵の回収のようなものです。
外注先や制作会社の ID は、公式の資料で細かい記載を確認していません。当社の整理では、次の5つを決めます。
- 1人に1つの ID にする。共有が要るものは、管理ツールの共有保管庫に入れ、責任者を決める。
- 外注先にも個人別の ID を発行し、契約終了の日に止める人と日を決める。
- 退職や契約終了の当日に、止める作業と、鍵の入れ替えを済ませる。
- 退職者が管理者だったら、管理できたものの鍵を全部入れ替える。
- 年に1回、ID と権限の棚卸しをする。
制作会社を変えるときの引き継ぎは制作会社の変え方の記事に、AI ツールの接続を退職時にどう外すかはCodex プラグインの選び方の記事にあります。
最初の1日・1週間・1か月:誰が何をするか
| 時期と担当 | やること |
|---|---|
| 最初の1日・経営者と情報システム担当 | メール、クラウド、銀行、サーバーの管理画面など、主なサービスを書き出し、管理者の権限を持つ ID の多要素認証を確かめる。 |
| 最初の1週間・情報システム担当(兼任を含む) | 管理ツールを1つ無料で試し、使い回している重要なパスワードを入れ替える。サポートへ渡す記録は、渡す前に確かめると決める。 |
| 最初の1か月・経営者と総務 | 共有・退職者・外注先の決めごとを文書にする(IPA は規程のひな形を公開)。パスキー対応のサービスは切り替え、ID を棚卸しする。 |
当社の整理です。
確認できなかったこと
「見当たらなかった」ことは、「ない」ことではありません。公式の資料で確認できなかった点です。
- 2026年9〜10月の Okta 経由の新たな侵入事案(Okta の公式セキュリティブログの題名を見た範囲)。
- 1Password の事案報告書の本文。公表ページに本文はなく、旧リンクも同社のブログ一覧へ転送されて開けません。HAR ファイルとの関わりは、公式ページでは確認できず、書いていません。
- 各製品の日本語の管理画面と、円建ての料金。
よくある質問
1Password は入れたほうがよいですか。
パスワード管理ツールを使う意味はあります。使い回しをやめられ、共有と退職時の手間が減るためです。1社に決める前に、記事の6つの基準で比べます。
パスワード管理ツール自体が攻撃されたら、どうなりますか。
1Password の公式ヘルプは、保管庫を暗号化し、パスワードは事業者にも共有されないと説明しています。これは1社の説明です。NCO は、クラウドでは管理者が自分でなくなり、サービス側の水準を自分では判断しにくいと書いています。設計資料と外部監査の公開を確かめます。
Okta の事案で、1Password のデータは漏れましたか。
1Password は2023年10月23日の公表で、ユーザーデータにはアクセスされなかったと結論しています。同社の公表で、当社が確かめたものではありません。この事案は2023年の出来事です。
多要素認証を入れていれば大丈夫ですか。
万全とは言えません。NCO は、多要素認証でも破られる手口があると書いています。BeyondTrust の事例では、FIDO2 で保護された管理者のセッション情報が盗まれ、不審な操作を受けました。パスキーや物理キーは、Okta や FIDO アライアンスがフィッシングに強い方式としています。
退職者のアカウントは、いつ止めますか。
IPA は、異動や退職時に速やかに設定を変更(削除)するよう書いています。退職や契約終了の当日に、止める人と日を決めておきます(当社の整理)。
まとめ
パスワード管理ツールは、使い回しをやめるために使う意味があります。Okta 経由の侵入事案は2023年のもので、各社の公表から、ログイン後の通行証と鍵の入れ替えの大切さが読み取れます。入口は多要素認証やパスキーで固め、共有・退職者・外注先の決めごとを文書にします。
参照元・出典
- 公的機関:NCO ハンドブック、IPA ガイドライン第4.0版、警察庁10月号・9月号
- Okta:10月20日、11月3日、11月29日の公表(2023年)、脅威情報ブログ(2026年1月、7月)
- 1Password:Okta 事案、退職者の手順、セキュリティモデル、料金
- BeyondTrust・Cloudflare:BeyondTrust、Cloudflare、HAR Sanitizer、2024年2月の報告
- Bitwarden 料金、FIDO アライアンス
本記事は 2026年10月27日 9時の確認時点のものです。最新は、各社と公的機関の公式ページでご確認ください。